
「国際政治について学びたいのだが、まず何を読めばいいか」と問われれば、私はこう答える。「高坂の『国際政治』を読むべし」と。
本書が初めて世に出た1966年といえば、キューバ危機の記憶新しく、中国では文化大革命が起こり、国内では安保条約改定の騒擾冷めぬ中、反米、革新の声が未だ大きく、翌年にはいわゆる「革新自治体」の象徴的存在である美濃部都知事が誕生した。
戦後史の中で、学生を中心に「理想」の炎が大きく燃え上がった時であった。またそれは、自由民主党政権を核とした日本の「保守主義」が試練にさらされている時でもあった。そのさなかで現実主義の知識人として、数多の学徒に国際政治への扉を開かせた功績はあまりにも大きい。
高坂は、国家とは力の体系であり、利益の体系であり、価値の体系であると規定する。その上で、国際社会は複雑な国家利益の絡み合い―権力闘争であると指摘し、本書では軍縮・経済交流・国際機構に視座を置きながら、単純な「善悪二元論」を否定し、「正義と力の対立」を根本的直接的に解決するのではなく、あえて皮相的間接的に捉えて「凍結」していくことが賢明であると指摘する。そこに私は高坂リアリズムの真髄を見るのである。
理想に身を投じることは人を酔わせることでもある反面、現実を直視していくということは苦しいことである。複雑な現実を前にして「絶望」も憶えかねない。しかし現実と向き合わない限り、現実における進歩はない。
我々は「絶望」に苛まれることのみで終わらずに、「希望」を見出す努力を続けていかねばならない、そう高坂が示唆しているように思うのは私だけはあるまい。